プロ野球を観戦していると、「年間で何試合くらいあるのだろう」と疑問に思うことはありませんか。現在の143試合という数字は、実は長い歴史の中で何度も見直されてきた結果なのです。この記事では、プロ野球試合数変遷の歴史を、草創期から現代まで詳しく紐解いていきます。
時代ごとの社会情勢やリーグの再編、さらには交流戦の導入など、試合数が変わる背景には興味深い理由がたくさん隠されています。かつての激動の時代から、2020年のコロナ禍による短縮シーズンまで、野球ファンなら知っておきたい知識をやさしく解説します。
プロ野球試合数変遷の基本と草創期から現在までの流れ

日本のプロ野球が始まってから今日に至るまで、年間の試合数は一定ではありませんでした。初期の試行錯誤から、現在の安定期に入るまでの大きな流れをまずは確認してみましょう。
プロ野球草創期から2リーグ分立までの試行錯誤
1936年に日本プロ野球が始まった当初は、現在のような通年のペナントレース形式ではなく、トーナメント方式やシーズンを細かく分けた大会形式が取られていました。そのため、年間の試合数は非常に少なく、1チームあたり年間で30試合から50試合程度だった時期もあります。その後、1リーグ制としてリーグ戦が整備されていく中で、年間試合数は徐々に増加し、100試合前後まで増えていきました。
1950年にセントラル・リーグとパシフィック・リーグの2リーグに分かれると、各球団の試合数はさらに大きく変動するようになります。当時は球団数も現在より多く、移動手段も限られていたため、日程調整は非常に困難を極めていました。しかし、プロ野球の普及とともにファンからの期待も高まり、より多くの試合が求められるようになっていったのです。プロ野球の成長は、そのまま試合数の増加という形でも表れていました。
130試合制が定着した高度経済成長期
1960年代に入ると、現在のような「6球団ずつの2リーグ制」が安定し、試合数も「年間130試合」という数字が長く続くことになります。1960年代から1990年代半ばまでの約30年間、多くのファンにとって「プロ野球のシーズンは130試合」という認識が一般的でした。この時期に王貞治選手や長嶋茂雄選手といったスターたちが活躍し、数々の伝説的な記録がこの130試合の中で生まれていきました。
130試合制が長く採用された理由の一つに、選手への負担と興行のバランスがあります。当時はドーム球場が少なく、雨天中止によるダブルヘッダー(同じ日に2試合行うこと)も頻繁に発生していました。過密なスケジュールの中で、選手がベストなパフォーマンスを維持できる限界が130試合程度だと考えられていたのです。また、当時のテレビ放送枠の確保や、移動にかかる時間といった物理的な制約もこの数字に影響を与えていました。
現代の143試合制へと至るまでの増減
1990年代後半から、プロ野球はさらなる収益向上やファンの満足度向上を目指し、試合数を増やす方向に舵を切りました。2001年には140試合に増加し、2005年の交流戦導入を経て、試合数はさらに複雑に変化します。交流戦が始まった当初は年間146試合行われていた時期もありましたが、選手のコンディション管理や移動の負担を考慮し、微調整が繰り返されました。
現在の「143試合」という体制は、2015年から定着したものです。この数字は、同一リーグ内での対戦数と、交流戦の対戦数をパズルのように組み合わせた結果、導き出されました。単なる偶然ではなく、ホームとビジター(敵地)の試合数を公平に保ち、かつファンに魅力的なカードを最大限提供するための工夫が、この143という数字に込められています。現在のプロ野球は、この適正な試合数の中で、非常に密度の濃い戦いが繰り広げられています。
現在の143試合制が決まった理由と内訳

なぜ「140」や「145」といったキリの良い数字ではなく、143試合という少し中途半端な数字になったのでしょうか。その背景には、交流戦のルール変更や試合配分の緻密な計算があります。
143試合という数字を導き出す計算式
現在のプロ野球の年間試合数は、明確な内訳によって成り立っています。まず、同一リーグに所属する他の5球団とは、それぞれ25試合ずつ対戦します。これを計算すると「25試合 × 5球団 = 125試合」となります。これに加えて、他リーグの球団と対戦する「セ・パ交流戦」が各球団と3試合ずつ、合計18試合行われます。つまり、「125試合 + 18試合 = 143試合」というのが現在の基本構成です。
この25試合という内訳がポイントで、24試合ではなく25試合にすることで、どちらかの球団がホームゲームを1試合多く開催できることになります。これは長期的には各球団間で交代で行われるため、不公平が出ないようになっています。また、交流戦の18試合も、毎年ホームとビジターを入れ替えることで、ファンが自分の応援するチームの球場ですべての球団との対戦を見られるように配慮されています。
なぜ「144試合」から「143試合」になったのか
かつて、2007年から2014年までは「年間144試合」という時期がありました。この時は交流戦が年間24試合(各球団と4試合ずつ)行われており、同一リーグ内での対戦は120試合でした。合計して144試合という非常に計算しやすい、キリの良い数字だったのです。しかし、交流戦の試合数が多いことでリーグ戦の価値が薄れるといった意見や、日程の過密化を懸念する声が上がりました。
そこで、2015年から交流戦の試合数を24試合から18試合へと削減することが決まりました。一方で、全体の試合数が減りすぎるのは球団経営の面でも好ましくないため、リーグ戦を120試合から125試合へと増やして調整したのです。その結果、差し引きで「143試合」という数字になりました。この1試合の減少は、一見小さな変化に見えますが、交流戦のあり方を見直した結果生まれた大きな変革の跡なのです。
ホームとビジターの試合配分における工夫
プロ野球の試合数を決める際に最も重視されるのが、各球団の「主催試合数(ホームゲーム)」の公平性です。主催試合は球団にとって重要な収益源となるため、どのチームも同じ数だけホームで試合を行えるようにしなければなりません。143試合制の場合、125試合のリーグ戦では、ある相手とはホームで13試合、ビジターで12試合(合計25試合)行うことになります。
これをリーグ全体で見ると、ある年はホームゲームが合計71試合、翌年は72試合というように、わずかな変動が発生します。交流戦の9試合(18試合の半分)と合わせることで、年間で71試合から72試合のホームゲームが確保されます。このように、奇数である「25回戦」や「143試合」を採用することで、2年周期でホームとビジターの数を完全に平等にするという運用が行われています。ファンの応援の機会を平等にするための、非常に数学的な解決策と言えるでしょう。
【現在の143試合の内訳まとめ】
・リーグ内対戦:125試合(25回総当たり)
・セ・パ交流戦:18試合(3回総当たり)
・合計:143試合
※2年単位でホームとビジターの試合数が入れ替わり、不公平がないよう調整されています。
交流戦の導入が試合数に与えた大きな影響

2005年に始まった「セ・パ交流戦」は、プロ野球試合数変遷において最も大きな転換点の一つです。それまで見ることができなかったカードが実現した一方で、スケジュールの組み方は劇的に変わりました。
2005年に始まったセ・パ交流戦の衝撃
それまでのプロ野球は、日本シリーズを除けばセ・リーグとパ・リーグが対戦することはありませんでした。しかし、球界再編問題を経て、ファンに新しい魅力を提供するために2005年から交流戦がスタートしました。初年度の交流戦は、各球団と6試合ずつ戦う合計36試合という非常にボリュームのあるものでした。これにより、当時の年間試合数は一気に146試合まで増加しました。
交流戦の導入は、試合数が増えただけでなく、シーズンの流れそのものを大きく変えました。それまでリーグ内で戦っていたリズムが一度中断され、全く異なるスタイルのチームと1ヶ月以上にわたって対戦するため、ここでの勝敗がペナントレース全体の行方を左右するようになったのです。ファンにとっては新鮮な対戦が増え、球場への足が向く大きなきっかけとなりましたが、同時に選手たちの移動距離や疲労も飛躍的に増大することとなりました。
交流戦の試合数が36試合から18試合へ減った背景
当初36試合あった交流戦は、その後2007年に24試合、そして2015年には現在の18試合へと段階的に削減されてきました。この背景には、いくつかの現実的な理由があります。一つは、交流戦が長期間続くことで「リーグ戦の優勝争い」という本来の目的がぼやけてしまうという懸念でした。交流戦での偏った勝敗が、同一リーグ内の順位にあまりに大きな影響を与えすぎるという議論が盛んに行われたのです。
また、セ・リーグ球団からは、人気の高い巨人戦の試合数が減ってしまうことへの懸念もありました。さらに、移動の負担も無視できません。日本全国を飛び回る交流戦は、特にパ・リーグの球団にとって移動距離が長くなり、選手のコンディション維持が難しくなるという課題がありました。これらの議論を重ねた結果、ファンが楽しめる新鮮さを維持しつつ、リーグ戦の伝統も守ることができる現在の「18試合」というバランスに落ち着いたのです。
交流戦の成績がリーグ順位に与える重要性
試合数が18試合に減ったとはいえ、交流戦が順位に与えるインパクトは依然として巨大です。143試合のうちの18試合は、全体の約13%を占めます。わずか3週間程度の期間ですが、ここで大きく勝ち越したチームが勢いに乗り、そのままリーグ優勝へ突き進むケースは少なくありません。逆に、交流戦で大きく負け越したチームが、自リーグ内での対戦成績が良くても最下位に沈んでしまうという現象も起こります。
このように、試合数の変遷とともに交流戦の立ち位置も変わってきましたが、現在は「シーズンの重要なアクセント」として定着しています。交流戦があることで、143試合という長丁場に変化が生まれ、ファンが飽きることなく10月まで野球を楽しめる構造になっているのです。試合数の増減の歴史は、そのまま「どうすればファンを飽きさせず、プロの技術を最高の状態で見せられるか」という模索の歴史でもあります。
交流戦の試合数が減ったことで、1試合の重みが増しました。現在は「3連戦」という短期決戦の形をとっているため、初戦を落とすと一気にカード負け越しが決まる緊張感があります。
異例の事態による試合数の短縮と変則日程

プロ野球の歴史の中では、本来予定されていた試合数が完遂できない、あるいは大幅に短縮せざるを得ない異例の事態が何度か発生しています。これらの出来事は、試合数の意味を改めて考えさせる機会となりました。
2020年コロナ禍での120試合制と特例
近年のプロ野球史上、最も大きな衝撃を与えたのは2020年の新型コロナウイルスの流行です。当初3月に予定されていた開幕は大幅に延期され、最終的に6月に無観客で開幕するという異例の事態となりました。この年、本来予定されていた143試合を行う時間は残されておらず、苦渋の決断として「年間120試合」への短縮が決定されました。これは1950年代以来の少ない試合数です。
120試合という限られた時間の中で、交流戦は中止され、同一リーグ内での対戦のみが行われました。また、過密日程を乗り切るために、延長戦を10回で打ち切る、外国人選手の出場枠を増やすといった特例ルールも設けられました。試合数が減ったことで1試合の価値が相対的に上がり、負けが込めば取り返すチャンスが少ないという非常にシビアなペナントレースとなりました。ファンにとっても、野球があることのありがたさを再認識するシーズンとなりました。
2011年東日本大震災に伴う開幕延期の影響
2011年も、試合数と日程に大きな影響が出た年でした。3月11日に発生した東日本大震災により、プロ野球は開幕を約半月遅らせることになりました。当初、セ・リーグは予定通りの開幕を模索しましたが、電力不足や社会情勢を考慮し、最終的に両リーグ揃っての4月12日開幕へと変更されました。この影響で、当初のスケジュールは大幅に組み直されることになりました。
幸いなことに、この年は試合数自体を減らすことはせず、ダブルヘッダーの検討や、クライマックスシリーズ、日本シリーズの日程を後ろにずらすことで、144試合(当時)を全て消化しました。しかし、11月に日本シリーズが行われるという異例の遅い閉幕となり、寒空の下での熱戦は多くの人の記憶に残っています。震災という困難の中でも、全試合を戦い抜こうとする球界の姿勢が示された年でもありました。
過去のストライキや災害による中止の歴史
さらに遡ると、2004年には日本プロ野球史上初めての「ストライキ」が発生しました。近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併に端を発した球界再編問題に対し、選手会が試合のボイコットを決断したのです。このストライキにより、土日の2試合が中止となりました。当時のファンにとっては衝撃的な出来事であり、試合がなくなるということがどれほど重大なことかを痛感させられました。
また、古い時代には1973年のオイルショックの影響で照明の使用が制限され、試合時間が短縮されたり、地方球場での試合が中止になったりすることもありました。さらに天災だけでなく、昭和天皇の崩御に伴い試合が中止・延期されたケースもあります。このように、プロ野球の試合数は社会の状況と密接に関わっており、平穏に全試合が開催されること自体が、実はとても幸せなことなのだと教えてくれます。
メジャーリーグ(MLB)との試合数比較と日本の特徴

世界に目を向けると、プロ野球の試合数は国によって様々です。特にアメリカのメジャーリーグ(MLB)との比較は、日本のプロ野球の特徴を理解する上で非常に役立ちます。
MLBが162試合という過酷な日程を行う理由
メジャーリーグのレギュラーシーズンは、1チームあたり年間162試合という驚異的な数で行われます。日本の143試合と比べると、約20試合も多い計算になります。4月から9月末までの約180日間で162試合をこなすため、休みは月に数日しかなく、ほぼ毎日試合が行われていることになります。なぜこれほどまでに多くの試合を行うのでしょうか。
最大の理由は、実力の差を正確に反映させるためです。野球は運の要素が強いスポーツであるため、試合数が多ければ多いほど、チームの真の実力が順位に反映されやすいと考えられています。また、160年以上の歴史を持つMLBでは、この162試合制が伝統として定着しており、選手の個人記録(ホームラン数や安打数など)も、この試合数を前提に語られることが多いのです。さらに、膨大な試合数による観客動員や放映権料の収入が、球団の巨大な運営費を支えているという経済的な側面も無視できません。
日本とアメリカの移動距離と休養の考え方
試合数の違いには、両国の地理的な要因も大きく関係しています。アメリカは国土が広大で、東海岸から西海岸への移動には時差も伴います。しかし、MLBは「試合を詰め込んで短期間で集中して戦う」スタイルをとっています。一方で日本は、国土こそ狭いものの、選手の「練習」や「コンディション管理」を重視する文化があります。日本では原則として月曜日が移動日や休養日として確保されており、1週間を「6連戦+1日休み」というリズムで戦います。
この週休1日制という日本のスタイルを守ろうとすると、年間180日程度のシーズン期間中では、143試合程度が限界となります。MLBのような過密日程を日本で導入するには、月曜日の休みを返上しなければならず、それは日本の野球文化である「丁寧な調整」や「徹底した練習」を損なう可能性があると考えられています。日本の試合数は、限られた国土と、日本独自の野球哲学から生まれた最適な数字と言えるでしょう。また、日本では夏の甲子園大会などのアマチュア野球との兼ね合いも、日程調整の考慮要素となります。
将来的に日本の試合数はさらに増えるのか
今後、日本のプロ野球の試合数はさらに増えていくのでしょうか。球界内部からは、収益増を目指して145試合や150試合に増やすべきだという声も時折上がります。現在、クライマックスシリーズ(CS)が定着したことで、シーズンの最後まで消化試合が減り、観客動員も好調です。もし球団数が増えるようなことがあれば、それに伴って試合数も増加する可能性は十分にあります。
しかし、一方で「選手の健康管理」や「試合の質の維持」を重視する声も根強くあります。試合数を増やしすぎると、主力選手の怪我が増えたり、控え選手ばかりが出場する試合が増えてしまったりというリスクがあります。また、ポストシーズンの日程が11月後半まで食い込むと、秋の寒さによる選手の負傷も懸念されます。ファンのニーズと選手の保護、このバランスをどこで取るかが今後の議論の焦点となるでしょう。当面の間は、現在の143試合が「黄金のバランス」として維持される可能性が高いと考えられます。
| 項目 | 日本(NPB) | アメリカ(MLB) |
|---|---|---|
| レギュラーシーズン試合数 | 143試合 | 162試合 |
| 1リーグあたりの球団数 | 6球団 | 15球団 |
| 主な試合のリズム | 週6連戦+月曜休み | 20連戦以上もあり得る |
| ポストシーズン形式 | CS、日本シリーズ | ワイルドカード、WSなど |
プロ野球試合数変遷から見える球界の未来とまとめ
プロ野球試合数変遷の歴史を振り返ると、それは単なる数字の増減ではなく、野球というスポーツがいかに社会やファンと関わってきたかの証であることがわかります。かつての30試合程度から始まったプロ野球は、人々の娯楽として定着するにつれて試合数を増やし、現在は143試合という形で一つの完成形を迎えています。
143試合という数字の中には、交流戦を通じたリーグ間の活性化や、選手のコンディション維持、そして球団経営の安定といった多種多様な要素が絶妙なバランスで組み込まれています。また、コロナ禍などの困難な時期には試合数を柔軟に変更することで、プロ野球という灯を守り続けてきた歴史もあります。
今後、さらに試合数が変わることもあるかもしれません。しかし、どのような形になっても、その根底にあるのは「最高のプレーを一人でも多くのファンに届けたい」という願いです。次にスタジアムやテレビの前で試合を観るときは、この「143試合」という数字の裏側にある長い歴史や人々の努力に少しだけ思いを馳せてみてはいかがでしょうか。そうすることで、一戦一戦の勝敗がより深く、味わい深いものに感じられるはずです。



